山口商工会議所

入会案内

2022.01.07 その他

[新春互礼会]会頭挨拶

皆さん、明けましておめでとうございます。

令和4年の新春を迎え、本日、かくも多くの皆さまにお集まり頂きました事、心よりお礼申し上げます。また、本日は山口市長・伊藤和樹様、衆議院議員・高村正大様、杉田水脈様、平林晃様、参議院議員・江島潔様、北村経夫様、はじめ、大変多くのご来賓の皆さまにご隣席賜りました。ここに厚くお礼申し上げます。

足元の業況は、社会経済活動の回復期待から改善に転じつつあり、年末年始のヒト・モノ・カネの流れは目に見えて活発化してきました。一方で、原油などの資源価格の高騰や、行きすぎる円安による輸入物価の押し上げにより、物価だけ上がって生活が苦しくなると言う、いわゆる悪いインフレ懸念が出てきました。しかし、中小・小規模事業者が苦しんでいるこれら原材料高を製品や商品に価格転嫁でき、さらに従業員の賃金アップへ前向きに取り組める環境が整えば、経済成長を伴う良いインフレが期待出来るのではないでしょうか。コロナ禍で2年近い活動制約を受けた飲食、宿泊、交通、イベント、観光事業者の経営は未だ厳しく、ここにきてオミクロン株による感染拡大懸念も台頭、今後も持続的な事業者支援が求められます。日本政府には大胆な成長戦略を期待し、山口商工会議所においては地域の中小・小規模事業者の成長力を底上げする支援に重点を置き、官民一体となって地域経済の好循環に繋げて行きたいと思います。伊藤市長、どうぞ宜しくお願いします。

さて、昨年のNHK大河ドラマでは、商工会議所の生みの親である、渋沢栄一が主人公の『青天を衝け』が放映されました。商工会議所制度は、我が国経済が資本主義制度へ移行する過程で誕生しました。明治10年頃、長い鎖国政策により欧米列強に立ち後れた国力を強化し、不平等条約を改正しようと渋沢も、維新政府も躍起になっていました。しかし、「日本には商工業の世論を結集する代表機関がなく、世論を論拠とした明治政府の主張は虚構にすぎない」との反駁を諸外国から強く受けました。伊藤博文、大隈重信は渋沢に商工業者の世論機関の設立を働きかけ、明治11年3月、現在の商工会議所の前身である東京商法会議所が設立され、渋沢は初代会頭を務めました。『民』の声を集め伝える役割が会議所にあったと言うわけです。

このドラマを見て、はっとしました。コロナ禍で山口市内事業者の売上が蒸発し、為す術が無い状況に見舞われたとき、当会議所では直ちに実態調査を行い、たちまち必要な支援は何なのか、その把握に努め、生の声を行政へ繋ぎました。それを繰り返し繰り返し行いました。国、県、市から手厚い支援が受けられる様になった時、事業者の皆さんの顔に、ようやく笑顔を見ることが出来ました。140年前とは時代は違えど、会議所の本質的な役割は変わっていないのだと思いました。

渋沢栄一が築いた商法会議所は全国へ広がり、1922年6月、商業会議所連合会が設立されました。これが後の日本商工会議所であり、今年は日商創立百周年の記念の年でもあります。ポストコロナを展望し、新しい時代を生き抜いて行く覚悟を持って、本年も前に向かって進みたいと思います。

会員の皆様におかれましては、本年が少しでも改善へのきっかけの年になります様、事業のご繁栄とご多幸を祈念いたしまして、新年の挨拶とさせて頂きます。

令和4年1月6日
山口商工会議所 会頭 河野康志

山口商工会議所の活動へ